徒然備忘録

雑記。

補完計画と唐辺葉介

唐辺葉介の「つめたいオゾン」に、『アンナ・メアリー症候群』という奇病が登場する。

『アンナ・メアリー症候群』。それは他人の感覚を共有し、やがて思考や感情までも融け合ってしまう病
                               ―― 唐辺葉介

 

 アンナ・メアリー症候群とは、他者との精神の同化だ。

他人の視界を夢の中で視る、という初期症状から始まるこの奇病は、
やがて視界だけでなく思考、精神までもが一つに混ざり合っていく。
二人分の身体があっても、その精神は一つなのだ。
二人分の身体が全く同じ思考を持ち、全く同じ思考に基づいて行動する。
そんな二人を、唐辺は巻末で
「全く同じ機構を持った操り人形が並べられているかのようだ」
と締めている。

作中で唐辺は、ユング集合的無意識に何度か触れている。
精神の同化は、大きな無意識=集合的無意識への回帰であるというわけだ。
そこで思い出すのは「エヴァンゲリオン」の人類補完計画だ。
人類の精神の同化は、碇ゲンドウが進めている人類補完計画とイコールである。
ゲンドウが何年もかけて未だに成功しない人類補完計画を、
『アンナ・メアリー症候群』が簡単に達成してしまった。(プチ補完計画)

「つめたいオゾン」で同化した二人は、(その姿は滑稽だが)いやに幸せそうに映る。

巻末の「同じ機構を持った操り人形が並べられているかのようだ」という皮肉も、
集合的無意識下において人間とは所詮操り人形にすぎない、
という唐辺作品で常に発信されているメッセージだろう。

我々は所詮、道化に過ぎない。

「つめたいオゾン」は、庵野秀明唐辺葉介が超えた瞬間である。
そこには、今となっては記号的な萌えも、レイもアスカもシンジも必要ない。
少女と少年と、物語だけが必要なのだ。

 

つめたいオゾン (富士見L文庫)

つめたいオゾン (富士見L文庫)